alexander’s journey efesus turkey アレクサンドロス大王の東征
前4世紀、アレクサンドロス大王はペルシア討伐に出発
中東を経てからインドにいたる旅を21世紀に歩きます
前334年初夏?
アレクサンドロス大王率いるギリシア軍はサルディスを出発。
4日目に海浜都市エフェソスに到着しました。
グラニコス合戦でのギリシア軍勝利はエフェソスにも伝わり、駐留していたペルシアの傭兵隊はすでに逃亡、この町もサルディスと同じく事実上の無血開城でした。
エフェソスは紀元前11世紀に移住したイオニア人が建設、そして紀元前6~5世紀にペルシアの勢力下にあり、アレクサンドロス時代の後はローマ都市として栄えました。
古代はエーゲ海の港湾都市でしたが、現在は堆積作用によって海岸から2~3kmも内陸にあります。
「アレクサンドロスの旅」は2千年の時を経て、このように地形まで変わった場所にめぐり合います。
現在のエフェソスはほとんどがローマ時代の建築物で、緩やかな丘陵に沿って美しい神殿や劇場がバランスよく並んでいます。その魅力的な街並みに惹かれ過去3回も訪れました。
当然、世界遺産であると思い込んでいましが、実は3回ともに遺産指定前でした。
この稿の下調べで、2015年に世界遺産になったことを知りましたが、一時は大ブームだった世界遺産の、その認定順に疑問を抱いた名所史跡の一つです。
アレクサンドロス史のみならずエフェソスは重要な街です。
キリスト教のエフェソス公会議(431年)も有名ですが、この地は聖母マリアが晩年を過ごした場所といわれています。史実として確定はしていませんが、近郊にマリアの住居跡があり大人気の聖地になっています。
初期のキリスト教史は、イエス没後に書かれた聖書だけが頼りで、300年以上も古いアレクサンドロス大王史より不明瞭です。もし本当にパレスティナのマリアが晩年を過ごしたなら、エフェソスの歴史的価値もさらに増すでしょう。
次は「消えた海 ミレトス」に向かいます。
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参照「図説アレクサンドロス大王」森谷公俊 /鈴木革 「アレクサンドロス大王東征記」アッリアノス
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