Travel botswana tsodilo bushman rock art
カラハリ砂漠の真ん中に「砂漠のルーブル美術館」と呼ばれる古代遺跡があります。
アフリカ南部のボツワナにある世界遺産「ツォディロ・ヒルズ」です。
すでに過去記事「ツォディロ/人類最古の儀式」にてパイソン洞窟を紹介しましたが、本来は世界有数の古代岩絵の集中地として世界遺産に指定された場所です。今回あらためて、「ルーブル美術館」と称される古代岩絵をご紹介します。
以下青字部分は過去記事のおさらいです。
カラハリ砂漠の国ボツワナは、実は平均標高が1000mにおよぶ高原の盆地です。その高原砂漠の地平にポツンと聳えるツォディロ山地は、国の最高点1375mのランドマークで、珍しい自然・風景を造り出しています。山地は南北12kmにわたる4つの岩山で構成され、南端に最高点の「male hill(男丘)」、その北に長さ4.5kmの最大の「female hill(女丘)」が続き、その北に小さな岩山が2つ並んでいます。
(参考:最高点S18° 46.324′ E21° 45.190’)
上写真:最高地点 male hill 山頂から Female hill、カラハリの地平を望む。少し砂嵐気味。
さて、
山地は貴重な水源でもあり、古来聖地として尊ばれてきました。また周囲は砂の灌木平原ですが、岩山では絵のキャンパスに不足しません。生来の芸術家であるブッシュマンは、紀元前から岩絵を描き続けてきました。
諸説ありますが、もっとも古い絵は2万年以上前にさかのぼるといいます。しかしその性質ゆえ古い作品は摩耗・消失する宿命にあり、現存する絵の多くは西暦8~11世紀のものと考えられています。
それでも残っている作品は4500点を超えており、「世界有数の岩絵の集中地」たる所以になっています。ほんの一部ですが、有名な絵を紹介いたします。
大型草食動物
ゲムズボック、キリン、エランド、ヌーなど、草食獣は絵のモチーフの多くを占めます。重要な狩猟対象として、大型草食獣の高い身体能力や鋭い感覚に対する理解は、ブッシュマンの最大の関心事で、同時にその理解によって彼らを崇敬していました。参照「ドラケンスバーグ 南アフリカ 古代岩絵第1回」
上の写真は、とんでもない高所に描かれている(下写真)。如何にして描いたのかも、謎。
ライオン
ネコ科動物、とくにライオンは忌むべき動物です。むろん狩猟の対象ではなく、それどころか逆に襲われることもありました。一説では悪意をもったシャーマンは、「ライオンに化身して災いをもたらす」ともいわれます。ですからライオンの絵は珍しい作品です。参照「トゥウェイフルフォンテーン ナミビア 古代岩絵第4回」
上写真:珍しいライオンの絵は Female hill にある。奥に Male hill の山頂が見える
クジラとペンギン
ツォディロは最も近い海、ナミビアの大西洋まで約900kmあります。しかもそこにクジラやペンギンは生息しておらず、大西洋のさらに南、約1500kmも離れた場所まで行かないとこれら動物を見ることはできません。
なぜ、内陸のブッシュマンが海棲動物を知っていたのでしょうか? シャーマンの超能力は有名ですが、はるか遠方まで意識を飛翔させたのでしょうか?! 大きな謎です。
ダンシング・ペニス
巨岩底部の狭い隙間にある岩絵で、自動車修理のように仰向けに潜り込んで見学します。デフォルメされた絵は勃起したペニスの男たちの踊りの場面と思われます。
ブッシュマン・ダンスは、身体を酷使することでトランス状態(忘我)に入るもので、動物への化身、狩猟祈願、病気治癒などが目的です。参照「ドラケンスバーグ 南アフリカ 古代岩絵第2回」
幾何学文様
格子模様や車輪状のモチーフも多く見られます。一説ではトランス状態における視覚現象ではないかともいわれていますが、残念なことに解明はされていません。
参考:月間ニュートン2004年2月号「砂漠の美術館 ツォディロ・ヒルズ」
(本記事の写真はほとんどが新作です)
私見だが、左側の男性はブッシュマンの末裔とみる。ブッシュマンはモンゴロイドに近い顔立ち、といわれる。
かつて南部アフリカのみならず、東・中央アフリカに広く分布していたブッシュマンは、現アフリカの多数派人種とは異なる人々で、その起源は謎に包まれていますがまぎれなくアフリカ最古の民族です。しかし古くは北から現アフリカ人種の南下、また近代はヨーロッパ移民による圧迫で激減、やがて不毛なカラハリに閉じ込められた「最後の狩猟採集民」になりました。
「ブッシュマン(藪の人)」とは白人が付けた蔑称で、正しくは「サン(族)」といいます。でも当人たちはブッシュマンと呼ばれることを気に入っているようで、近年は敬意をこめて「ブッシュマン」と呼ぶことも多く私もそれに習っています。
京都大学の人類学者、田中二郎先生は世界的なブッシュマン研究者で、1960年代からほぼ最後の生き残りといえるボツワナの「狩猟採取ブッシュマン」と暮らし、その記録を数々の名著として残しています。
その膨大な研究を簡単に語ることはできませんが、その根底を成しているのがブッシュマンの「高度な精神文明」と「自然の博学」への敬意です。
その「高度な精神文明」のひとつの証しが、古代岩絵であるといえます。
しかし狩猟採取生活が奪われたと同時に、描き重ねられた岩絵の更新も途絶え、残された遺産は摩耗消滅の危機にさらされています。
私見ながら、こうした岩絵に、我々が失った高度な精神文明の秘密が隠されているような気がします。