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中央アジアを寸断する険しい天山山脈。
その山脈の真ん中に位置するキルギス共和国は、国土の大半を天山支脈が走り、特異でかつ美しい景観を誇る秘境の国です。
国土の東北端に位置するのが「幻の湖イシク・クル」です。イシク・クルとは「イシク(熱い)・クル(湖)」という意味なので、以降イシク・クルと呼ぶことにします。
深い谷間に位置するイシク・クルは標高1600mで、汽船が通る湖としてはチチカカ湖に次ぐ世界第2位の高さです。面積6236㎦は世界ランキングに載るほどではありませんが、それでも琵琶湖の9倍にあたります。
「幻の湖」というのは近代まで山奥の秘境として、また現代はソビエト連邦の一角として冷戦下に閉ざされた場所だったからです。この湖に憧れた作家の井上靖や司馬遼太郎は、たびたびキルギスを訪れながら湖訪問は叶わず、その無念さを書き残しています。
この秘境湖はかつてはシルクロードのルートでした。それは紀元前から15世紀までの約1500年間ですが、日本で最も知られるのが玄奘三蔵の旅です。
西暦629年、玄奘すなわち三蔵法師はインドに経典を求め、西安から17年に及ぶ西域旅行を開始しました。それは唐時代の脱法行為であり、行く先々で困難が待ち受ける危険な旅でした。有名な西遊記はこの旅を元に荒唐無稽に空想化した作品です。
玄奘を待ち受けていた最初の危険が、中国の最果ての天山山脈越えでした。標高5000m近い雪の峠を命がけで越えたのです。そして降り立った山脈の裏側に、美しく輝いていたのがイシク・クルだったのです。
ここで玄奘は謎めいた言葉を残しています。
『山を行くこと約160kmでイシク・クルについた。四面は山に囲まれ河川が集まっている。湖水は青黒みを帯びて塩辛い。龍も魚も雑居し、不思議なことがおこる』(大唐西域記)
つまり竜が居るというのです。地誌としても正確さで有名な「大唐西域記」にあって、竜とはどのような生物だったのでしょうか?
そこで「玄奘の竜」について調べました。
まず大唐西域記には竜に関する記述が複数見えるのですが、ほとんどがインドの竜伝説の転載にすぎません。インドの竜とは、毒蛇コブラを原型とする蛇神ナーガです。
一方、大唐西域記における少数派の竜、すなわち中国や天山地方の「中華竜」は、そのルーツに鰐や恐竜の仲間の魚竜が想定される別の生物です。
確かに揚子江には小型の鰐が現存しており、過去には体長6~7mに及ぶ大型のマチカネワニも確認されています。また魚竜に関しても、ヒマラヤで大型化石が見つかっており古代における存在は確実です。
面白いことにイシク・クルは数少ない古代湖のひとつでした。古代湖とは、寿命100万年を超える湖で、世界でもわずか20例しかありません。普通、湖の寿命は意外に短くて、数千~数万年で堆積や乾燥によって消えてしまうのです。
古代湖の特徴として、独自進化を遂げた固有生物や逆に古代生物が生き残っている可能性があります。しかもイシク・クルはとりわけ古い2500万年という長寿で、言い換えれば2500万年の時間が封印されているのです。
さらにイシククルは構造湖と呼ばれる断層にできた湖で、湖底が急傾斜のため水深が非常に深く、世界第5位の668mもあります。また湖底には熱源の存在が考えられ、高地の厳冬期でも凍らない、すなわち「熱い湖」の原因となっている可能性があります。
さらにもう一点、イシク・クルには周囲の山々から100本ほどの流入河川があるのですが、逆に流出河川はひとつもありません。つまり外界から完全に孤立した閉じた水系なのです。
いかがでしょうか?
これら湖の特徴を背景に、古代生物の生き残りや、独自進化を遂げた生物、すなわちUMA(造語ユーマ、Unidentified Mysterious Animal)の可能性はないでしょうか?
有名なネッシーのネス湖と比べイシク・クルは面積が110倍、深さが3倍で、貯水量では235倍もあります。しかも寿命はネス湖の約1万年に対して、桁違いの2500万年です。
このような空想と玄奘の竜に思いをはせて、あらためて湖畔に立ちたいと思いました。
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