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謎の山塊
インド、グジャラート州の訪問を前に地図を俯瞰したところ、気になる地形を見つけました。
それはアラビア海に突き出たカーティアワール半島の、平坦な台地にくッきり浮かんだ円い山塊で、調べてみるとヒマラヤ造山より古い時代に噴出した火成岩塊でした。
その大きさは南北長15㎞、高さは同州の最高となる1117mの岩峰群です。
しかもこの山地はジャイナ教の古刹で、ヒンドゥー教も併せると866もの寺院が集まるインド最大級の聖地だったのです。

ジャイナ教
仏教に比べて馴染みないジャイナ教ですが、実は釈迦(ゴータマ・ブッダ)と同時代のマハーヴィーラが前5~6世紀に興した宗教です。
この二人はともにカースト(階級)におけるクシャトリア(王族)の高貴な生まれでしたが、インド哲学が目指す「悟り」を求め、家も家族も捨てて出家、そして長年の修業によって新しい教えを築いた哲人でした。

それは当時盛んだったバラモン教への反旗であり、古代思想の大革命だったのです。
ちなみにバラモン教とは、古代インドに侵入したアーリア人が、持参した経典ベーダを軸に複雑な祭祀を執り行う宗教でした。
彼らはカースト制度を構築して、自らは最上位のバラモン(司祭階級)に立ち、土着ドラヴィダ族との交雑を避けたのです。

ギルナール山へ
ギルナール山訪問は、まず西麓の古都ジュナガードを目指します。この町はグジャラート州都アーメダバードから鉄道、または車で訪れるのですが、成長著しいインドでは外人客の鉄道切符入手が事実上不可能。車をチャーターする以外手段がありません。
そもそも観光とは縁遠いグジャラートで、カーティアワール半島はまさに秘境、個人旅行での足の確保はなかなか困難です。

「旅は出会い」といいます。幸いアーメダバードで出会ったドライバーのモディ氏が、ギルナール訪問を引き受けてくれ、二泊三日、往復700kmの旅が始まりました。
余談ですが、現首相モディ氏もグジャラートの出身で、「モディ」という名は非常に多いそうです。さらに逸脱すると、かの独立の父ガンジーも同州出身で、独自の言葉、文化を持つグジャラートはなかなか濃密な土地なのです。

さてジュナガード到着は乾期のはずでしたが、あいにく聖山は黒雲に覆われて、まさに怪しげな雰囲気です。
翌朝、天候は幾分か好転して、山頂が雲を被っているだけでしたので登山を決行します。
本来の巡礼登山は、ジュナガードから5kmの登山口から、山頂を目指して標高差約900mを4~5時間かけて登ることになります。
しかし近年、アジア最長の2000m超のロープウェイが完成しており、インドではたいへん高額ですが、なんと8分間で山頂に行くことができます。

むろん私は登山を予定していましたが、実はこの日、ディワリー(光の祭り)という大祭と週末が重なり、登山口付近は大混雑。危険を予知した先述モディ氏の奨めで、ロープウェイを選ぶことにしました。
大混雑の乗り場で待つこと2時間超、やっとのことでロープウェイに乗り、険しい斜面に感激しながらの空中散歩です。

ギルナール山はいくつも峰々を擁する火山ですが、中央部に最高地点の双耳峰が鎮座しており、その西峰に建つアンビカ寺院が巡礼の一番の目標地点です。
寺院群は山腹にも点在しており、ときおりロープウェイからも密林の中に発見します。

伝説
ところでマハ―ヴィーラは東部インドの出身ですが、なぜインド西北端のギルナールがジャイナ教の聖地なのでしょうか? ここに呆れるほど長大な伝説がありました。
ジャイナ教の時間軸で、マハ―ヴィーラは現世最後の第24代ティールタンカラであるとされます。ティールタンカラとはジャイナ教の救世者で、苦行を通じて解脱したジナ(ジャイナ教の語源で、勝利者の意味)を指します。ちなみに初代ティールタンカラとされるリシャバ尊師は数百万年前の人物といわれ、その壮大な時空観念に驚かされます。

さてマハヴィーラの2代前(第22代)のティールタンカラであったネーミナータ尊師は、約8万年前にギルナール山にて苦行を積んで「悟り」に至ったと伝わります。
マハヴィーラの言葉を記す経典にも、『ネーミナータがライヴァタカ山に登り苦行者になった』とあります。もちろんライヴァタカは、ギルナールの古代名です。

ジャイナ教の数万~数百万年という時間軸はなかなか受け入れがたいのですが、グジャラートには紀元前数千年のインダス文明の遺跡が点在しており、同じく紀元前の世界的な航海誌にも登場する古い地域です。
そうした中、地域の特異点であるギルナール山が、超古代から山岳信仰の聖地であったことは確かでしょう。
アンビカ寺院
ロープウェイはわずか8分で山頂直下の山頂駅に到着します。
麓から見えていた山頂の雲は霧となっており、付近は白く霞んでいます。それに標高差も加わり、辺りはかなり肌寒く、常夏の平地グジャラートから見れば別世界。まさに聖者や仙人が棲むような聖域といえます。

ロープウェイから降り立つ人の群れについて行くと山頂アンビカ寺院。ジャイナ教最大聖地のひとつです。アンビカとは土着の女性精霊で、先述ネーミナータ尊師の「悟り」を支援した有難い神格です。しかもなぜかネーミナータ尊師より高い山頂に祀られています。

寺院内は信者らの熱気が満ちており、異様な気配に包まれています。
この寺院は8世紀の有名なジャイナ僧の記録に見え、また現寺院が15世紀のジャイナ教徒による寄贈であることも分かっています。
したがって600年に及ぶお香の匂いと、数えきれない人々の祈りが染みついているのです。

一方、たいへん不可解な現実が目の前にあります。
本堂の至聖所を護る僧の衣がオレンジ、つまりヒンドゥーの色なのです。
実はこの寺院はヒンドゥー教の聖地でもあり、現状はヒンドゥー教が管理していたのです。
ここに人口比率0.4%とという少数派のジャイナ教の立場が垣間見えます。
インドではヒンドゥー教徒は80%といわれ、圧倒的な勢力を持っているのです。

恐怖の聖地
山頂到着から2時間が過ぎたころ、絶えず巡礼者を運ぶロープウェイに加え、徒歩登山の巡礼者が合流し始めて、狭い山頂寺院周辺の登山道は大渋滞が始まりました。
双耳峰のもう一峰に向かうべく登山道に降りたものの、狭い山道の大群衆は一ミリたりとも動けない状態になっています。

そのうちあちらこちらから怒号があがり始め、いわゆるインドの聖地の大狂乱が始まります。
またしても危険を予知したモディ氏の決断で、まだ空いている下りローウェイに向かいます。
機材で身動きできない私の手を引いて、モディ氏は群衆をかき分けて進みます。
結局、一番の目的だったアンビカ寺院参拝は叶ったものの、そのほかの見どころはすべて断念。ただし、無事に麓に戻ることができました。

ちなみにこの日、インドの別の聖地では、大群衆のため9人の圧死者が出たというニュースを、ホテルのテレビニュースで知りました。おそるべしインドの聖地です。
紙幅の都合上、諸々の事情を伝えきれず問題の数々が置き去りでした。
実は2026年2月9日発売の「月刊ムー2026年3月号」にて詳しく紹介しております。。
アンビカ寺院の謎、ジャイナ教とヒンドゥー教の関係、細かな現地報告を交えて書いておりますので、どうか詳しくは誌面にてお読みください。
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